ちゅんちゅんの、しれっと生きてます。

まだまだラブラブだけど、いつまでも魅力のある女性でいたい。

好きなものを本当に好きでいるのは難しい

※昨年の7月の末に書いたものです

 

今週のお題

さぁて、夢と挫折。

 

 夢ってなかったと思うけれど、ただのめりこんでいたことはあった。のめりこめばのめりこむほど、どんどん息苦しくなっていくようなこと。結局はやめてしまった。

 

理由は簡単。

 

1番になれなかったから。

 

 

 

昔昔、小学校と中学校、私の特技は絵を描くことだった。書道だった。そして作文だった。

 

でも、どれも全て私は実力で評価をもらう時、私は学年で2番目だった。

 

 

 

 

 

本当は1番になりたかった。絵も、書道も、作文も、1番上手い人とは雲泥の差があった。1番と2番は近くても実力的にはどうにも勝ちようがなかった。

 

 

でも、コンクールでは何度も何度も何度も何度も1番をもらった。大体出されるときはほぼほぼ間違いなく1番をもらえた。・・・・って言っても、県内か市内だけどね。

 

1番をもらう時の私は、とても複雑な心境。

 

 

 

毎回お決まりなパターン。本来1番をもらう人が「納得いかない出来だからこんなの出したくない。書き直す時間もない」って、コンクールを辞退する。そして繰り上げられての私の出番。そうじゃないとコンクール自体に出られない。

 

断れる雰囲気がないことすらたまにある。

  

 

 

それにね、その人が「こんなの出したくない」ってごねて辞退しないと万年2番手の私の出番は来ない。

  

 

それに、みんな知ってるの。

 

そのごねてる人のをそのまま出しても間違いなく高評価を得るだろうってね。そして、そのごねる1番の人は、コンクールになんかその時に出さなくても積み重ねの実績はあるから評価されている。

 

 

 

で、私は私で、繰り上げで出番が来れば逆らわすに出すってこと、先生たちもその1番の人も知ってる。

 

私の日の目を見る機会なんてこういう繰り上げしかない。大体そう。仕方がない。紙の上だけでもいいから1番になりたいもん。実力は雲泥の差でも天地の違いがあっても、1番は1番だし。

 

なんでだろうね、1番上って気持ちいい。

 

 

 

でも、自分がそのすごい人たちとは全く出来が違うくて、凡人なことくらい自分でもわかっていた。その人たちのしていることには、どんなに私が頑張っても届かないんだもん。

 

 

一番わかりやすいエピソードは絵だと思う。

 

 

小中からの幼馴染に、神がかり的なうまさの絵を描く子がいた。どんなに嫉妬しても、その子のことが好きだったからなおさら苦しかった。

  

今ならわかる。確かに私は敵わない。あの子はうますぎるし、逆立ちしてもかなわない。でもね、本当はそこじゃなかったんだと思う。実力の差よりも、描く時に得意な対象が違った。

 

 

あの子は草花や動物を描いて、緻密さや水彩絵の具や色鉛筆の色の美しさを評価された。私は人物や静物のデッサンの正確さを評価され、油絵の具の使い方を評価された。

 

 

コンクール用じゃなくても、私が昔練習などでも描いていてのめりこめたのは、女性の滑らかな体の線や、その体に沿う薄い布だった。その薄い布を剥ぎ取りたいと思うような油絵に出来るほどの技術がなかったから、その前に人体のデッサンだと暇さえあれば書いていた。 

 

 

その練習用デッサンを先生(若い男性)に見られた時は「ゲッ、最悪」って思ったけどね。先生固まってたもん・・・・そういう絵ばかりだから。なんていうか、15才男子に1枚〇円で売り渡したら、お縄になっちゃうよっていうね、そういう感じの。

  

 

 

そのくらい、のめりこんでた。

 

もしも、動物や植物を正確にまるで写真のようにって表現を使っていいくらいに私は描けない。あの幼馴染みたいには書けない。どうやったらああなるんだろうって、思うしね。

 

 

でもね、あの頃、あの子もきっと人物を私と同じように描けって言われたら無理だったと思う。

 

描いているものが多分違った。そして、その子がうますぎるだけで、私は別にヘタなわけじゃない。 それに気が付いたのは高校入学直後。

 

 

 

美術部のない中学だったから、本格的な美術室と、本格的な画材を使った美術の授業、そして、美術部・・・・興奮したよ。毎日毎日ワクワクした。 

 

やっと専門の先生がいるところで部活で描けるってね。中学では美術の先生はいても、美術の授業で週1だから。私、すごく興奮したんだ。

 

 

   

で、ね。いざ高校生活が始まって、そのすぐ後に、オソロシイことに気が付いた。

 

みんなヘタクソなの。なんか、笑えないくらいヘタクソなの。ヘタクソすぎて、口、ポカーン。・・・・だって、なんで美術部にいてこんなにヘタなの? って思うレベルだったんだもん。 

 

 

 

そこそこ人がいる高校の美術部なのに、毎日ある意味美術教育のプロに絵を教わってるはずの先輩方がそろって壊滅的にヘタクソすぎた。同学年も同様

 

   

衝撃だった。みんなヘタクソすぎて。

 

 

 

でも当然だよね、みんな私の幼馴染並みに描けるわけないのにね。あのレベルを上手いとしたら、ほとんどの田舎の高校生はヘタクソになる。でも私は彼女以外見ていなかった。

 

気が付くの遅すぎる。

  

 

これもショックだったけど、、

 

 

 

・・・・もっとショックだったのは、私の方がどう見ても絵の具の使い方もデッサンも上なのにへたくそな先輩たちがコンクールに出されて賞をもらってること。

 

コンクールは高校生らしい絵が評価されるから仕方ない。

 

 

高1かな? 高2かな? 何かのコンクールで、バカみたいにヘタクソな先輩たちの絵が入選して、私は落とされて完全に描くのを辞めた。なんだか納得いかなくてね。

 

 

 

でも今ならわかる。別に見たものをそのままかける子が欲しいわけじゃないんだって。

  

 

 

きっと高校生らしい20代になったら完全に欠落するだろうって何かがある絵を評価していた。そういう絵が描けるのはその時だけだからね。でも、絵を描く子に技術を付けるのはそこまで難しくない。

 

 

でも、そこにいる時ってよくわからない。 

 

数年前に高校の先生から連絡があり私の描きかけの油絵を取りにこいって言われ絵を見て驚いた。・・・・うますぎて私のじゃないって思った。・・・・って冗談は置いておいて。

 

これじゃコンクールに出せないなって思ったよ。コンクール向きの絵じゃないし、どちらかというと背景を完璧に描く練習にしか見えなかった。

 

 

 

背景の練習用なんかコンクールに出してもどうにもならないのにね。

 

最近少し離れたからなのかっていうか、10年以上? 経ってまた描きたくなってきて、主人と二人でクレヨンで油絵の真似事してます。今は何も考えないでやってるから楽しい。

 

 

 

私はヘタクソになっててショックだったけど、でも、描いていて純粋に楽しいのって久しぶり。というよりも、今までなかったかもしれない。主人の絵って下から数えても相当なヘタクソだけど、色の使い方はとてもキレイ。

 

 

ものすごくヘタクソな絵を見てクリムトの水蛇を初めてみたときのことを思い出した。

 

 

私はクレヨンを重ねていくたびどんどん重苦しくなる。

 

 

性格が出るね。

 

 

 

この色の使い方をする人に愛されるうちはきっと幸せでいられるなって思う。昔ならこれ、この優しい色を見ても何も感じられなかっただろうし、バッサリ「ヘタすぎ ヤバイ、ウケる(笑)」で終わってた。

 

絵って完璧に描くって技術が全てじゃない。

 

 

色を見て気持ちいいとかキレイだって思うことっていいなって、絵を描くのをやめてから感じ始めた。一度もうやめるって距離を置かなければクリムトを見てうっとりなんかできなかったと思う。

 

ゴッホの良さはよくわからないけど。

 

Netflix火花お題「夢と挫折」

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